コラム

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「今」とは「時」という、大きな潮流と小さな潮流に構成された次元である。ビックバンの発生以来、森羅万象、様々な流れを起こし、その変化こそが我々の「今」なのだ。こと人間を継承する潮流は、普遍的無意識となって、国家や文化、主義、宗教などと名を変えて、社会に渦巻くすると我々人間は同一種族で流れるのではなく、群れ意識の高い小さな潮流にあるということになる。

一個の生は終わるが、潮流は変わらず流れ続けるのだ。佐山先生

歴史はこの潮流と大きく関わり、大なり小なり 変化する。近年、資本主義と共産主義が同居する中、グローバル社会が生まれ、現在、共産主義はグローバル主義に隠れ、資本主義は限界が来ていると言われる。世界はそのしたたかな姿に気付き始め、金融やマスコミへの不信が生まれているのである。

一部の勢力にコントロールされる姿、欧米も日本も気づき始めたのが「今」であり、フランス革命以来、この数百年に流れた小さな潮流の「今」に過ぎない。山鹿素行の中朝事実の如く、我が国には大きな潮流が一万年以上も続いている。

その潮流は民度の高さに直結しているのだ。何故なのか?いつも感じる疑問である。何故、礼儀正しいのか?規律が守られているのか?同じ人間である以上、血の問題であるとは思えない。考古学者に聞くところに弥生文化とは、渡来に影響された縄文文化であるという。

縄文の潮流から引き継がれたものが弥生文化であり、大和王権から武士社会、戦国、大平時代、西欧文化時代。

小さな潮流は流れ続け、その中に、神道、儒教、仏教、武士道、国学、陽明学、武道、西洋文化、等が流れ、我が文化は、いずれも大きな潮流の中で「今」をこなしている。

資本主義、共産主義、グローバル主義の真実が見え限界を向かえている現代こそ、須麻比が重要なのだ。

日本須麻比協会 会長
佐山 聡(初代タイガーマスク)